2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

再発見!そうだったの その日本語43「世間ずれ」

世間一般の考えからずれてしまうことを「世間ずれ」と思っていたが、これは誤った理解のようだ。「世間ずれ」は、実社会で苦労をした結果、人情や世間の裏事情に通じることである。世渡りに長け、時にずる賢くなる様子をいう。

再発見!そうだったの その日本語42「きめ細か」

「きめ細か」が正しく、「きめ細やか」は間違い。「きめ」はもともと「木目」と書き、木目(もくめ)が細かく肌触りが良いことから、配慮が行き届いているさまを表す。「きめ」をつけず、「細やかに指導した」ならば問題なし。

再発見!そうだったの その日本語41「まれに見る」

今でも「類を見ぬ」と混同してよく「まれに見ぬ」ということがある。本来「まれ」は「めったにない」の意味のため、「まれに見ぬ」では「普通」になってしまう。音が似てとても分かりづらいが、正しくは「まれに見る」である。

再発見!そうだったの その日本語40「弱冠」

古代中国で男子20歳を「弱」といい、元服して冠をかぶったことから、男子の20歳を意味する。そのため、20歳前後の男性に限って使う方が無難である。ちなみに「若干」は、あやふやだが数や量が少ないという意味で、年齢に対して使われることはない。

再発見!そうだったの その日本語39「合の手を入れる」

もともと「合の手」は「邦楽で唄と唄の間に入る楽器で演奏する部分」を指す。そこから会話の合間に入れる言葉や動作を意味するようになった。「相槌を打つ」と混同し、「合いの手を打つ」といいそうだが、間に挟み入れるものなので「入れる」が正しい。

再発見!そうだったの その日本語38「逆鱗に触れる」

「逆鱗」とは、竜のあごの下に逆さに生えているうろこのこと。そこに触れると怒って殺してしまうという中国の故事から、天子(竜にたとえられる)の怒りを買うことをいうようになり、目上の人を怒らせる意味で使われる。目下に対して使うのは誤りである。

再発見!そうだったの その日本語37「むずかる」

小さな子どもが機嫌を損ねてぐずることを何というか。正解は「むずかる」である。これは私個人の感想だが、「むずかる」より「むずがる」の方が言いやすいので、多くの人が「子どもがむずがる」と言ったり、書いたりしているのではなかろうか。

再発見!そうだったの その日本語36「うんちくを傾ける」

「蘊蓄(うんちく)」とは「積み蓄えたもの」の意味で、学問・技芸における深い知識を指す。蓄えているものをあるだけ傾注することで「うんちくを傾ける」となる。博識ぶった人に嫌味を込めているのか、「うんちくを垂れる」と表現されることがあるが、「傾…

再発見!そうだったの その日本語35「お眼鏡にかなう」

目上の人に評価されて気に入られた状態を表す慣用句「お眼鏡にかなう」。これを「お目にかなう」といっては間違いである。「お目に・・」とするならば、ほぼ同じような場面で使えることができる「お目に留まる」であれば問題ない。

再発見!そうだったの その日本語34「寝覚めが悪い」

「寝起きの気分や体調がすぐれないこと」を普通に「目覚めが悪い」と使っていた。しかし「目覚めが悪い」は誤った表現らしく正しくは「寝覚めが悪い」とのこと。恥ずかしながら、今まで「寝覚め」という表現があったことが驚きだった。

再発見!そうだったの その日本語33「垂れ込める」「立ち込める」

とても似ていることばなので使い方に迷う。気象に関係することでいえば、「垂れ込める」は雲が低く垂れ下がっておおうこと、「立ち込める」は霧や煙などが一面におおうこと。しかし、「雲」であっても不穏な情勢を比喩的に用いる場合は「暗雲が立ち込める」…

再発見!そうだったの その日本語32「たなびく」

「たなびく」といえば、どうしても旗が風を受けてはためくことを連想してしまう。しかし、本来は「煙がたなびく」のように、煙や霞(かすみ)が横に長く漂うさまをいう。旗は「なびく」もので「旗が風になびく」であれば問題なし。

再発見!そうだったの その日本語31「傷を負う」

私も今までよく使っていた言葉「怪我を負う」。実は、これは慣用語句「傷を負う」を誤って使ったものである。「怪我をする」と「傷を負う」が混ざって使われたものだと思われる。「負傷」という言葉があるように、迷ったときは「負傷」を思い出そう。

再発見!そうだったの その日本語30「情けは人のためならず」

今でも、間違って使っている人をたまに見かける。「相手のためにならないから手助けしない」という意味で使っているようだ。しかし、本来の意味は「情けを人にかければ将来巡り巡って自分に返ってくる、つまり、自分のためになる」ということ。

再発見!そうだったの その日本語29「気が置けない」

今まで意味を正確に覚えられない「気が置けない」と「気が置ける」。「気が置けない」といえば遠慮や気遣いがいらないことを意味するのだが、どうしても、逆に油断できないという意味の「気が置ける」と混同してしまう。これはおそらく今後もずっと続くこと…

再発見!そうだったの その日本語28「明るみに出る」

「隠されていたことが公になる」ときに「明るみに出る」「明るみになる」どちらを使ってもおかしくないように感じるが、正しい表現は「明るみに出る」である。「明るみになる」だと「明るいところになる」という意味で不適当である。

再発見!そうだったの その日本語27「気丈」

「気丈に振舞った」「気丈に対処した」などの「気丈」は気持ちをしっかりと保つこと。また、そのさま。「気丈」はどんな人に対して使うのか。それは、大の男ではなく、弱者と見られてきた女性や子どもに使うらしい。今まで、大の男に対しても使っていたが間…

再発見!そうだったの その日本語26「建国記念の日」

昭和41年に「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として「建国記念の日」が定められ、翌年から祝日となった。また、なぜ「建国記念日」ではなく、「建国記念”の”日」かというと、「史実に基づく建国の日ではなく、建国されたという事実そのものを記念する…

再発見!そうだったの その日本語25「過少」と「過小」

この2つの日本語は字も似ていて粉らわしい。いつもどっちだったか迷ってしまう。「過少」とは少なすぎること、必要な量や額に達しないこと。「過小」とは小さすぎること、実際より小さく見積もること。対象を数字であらわせるものは「少」を、あらわせられな…

再発見!そうだったの その日本語24「相づち」

「相づち」「合づち」どっちが正しいか?これは友人から聞かれて答えられなかったこと。正解は「相づち」。鍛冶が刀を鍛えるとき、師が槌(つち)を打つ合間に弟子が槌を入れる「相のつち」に由来しているらしい。「合いの手」と混同されて間違った漢字を使…

再発見!そうだったの その日本語23「憮然とする」

今まで「腹を立てて不機嫌な表情をすること」と思っていた。「憮」は失意を表すようで、正しくは「失望や落胆のあまり、何もできずにぼんやりしている様子」のこと。「腹をたてる、怒る」といった意味がないことを覚えておこう。

再発見!そうだったの その日本語22「弥が上にも」

「いやがうえにも」は「弥が上にも」と書く。「弥」は「ますます」という程度を表し、そこから「なおその上に」という強調の意味を持つ。「なにがなんでも」を意味する「否が応でも」(いやがおうでも)と語感が似ていて混同しやすい。

再発見!そうだったの その日本語21「人の道にもとる」

今まで「人の道におとる」と間違って覚えていた。「もとる」ということば、ほとんど見たり聞いたりしたことがないが、「反する」という意味らしい。正しくは「人の道にもとる」で「非論理的、反社会的なさま」のことをいう。

再発見!そうだったの その日本語20「上には上がある」

「これが最高だと思っていても、必ずそれを上回るものがある」という意味だが、ここで対象となっているものが人ではなく、行為や状態であること。そのため「上には上がいる」と人に対して用いるのは不適切である。慣用句は一字一句たがえずに使うことが大事。

再発見!そうだったの その日本語19「潮時」

恋人から別れ話をされる際に使われる「潮時」は「終わりの時」「引き際」といった意味で捉えている人が多い。本来、「物事をするのにちょうどよい時期」という意味で、ネガティブな状況だけでなく、「好機(チャンス)」の時も含まれる。「結婚するのちょう…

再発見!そうだったの その日本語18「ジンクス」

「験(げん)を担ぐ」「縁起を担ぐ」の「験」や「縁起」とまったく同じ意味で使われることが多い「ジンクス」。もともと「ジンクス」は英語で「jinx」と書き、「縁起の悪いもの・人」を示す言葉である。「恋を成功させるジンクス」のようなよい意味で使うこ…

再発見!そうだったの その日本語17「号泣」

今回は「泣」という日本語について紹介したい。「号泣」は大声をあげて泣くこと。声を出さずに大量の涙を流していることも「号泣」と思っていた。「号」は「大きな声を出す」という意味で「怒号」「号令」も同じ使い方らしい。「映画館で声を押し殺して号泣…

再発見!そうだったの その日本語16「爆笑」

もう一つ笑いに関する日本語を紹介したい。「爆笑」は大勢が一斉にどっと笑うことで、本来一人でするものではなかった。しかし、大笑いするという意味で使われることが増え、「一人で爆笑」という表現も目にする。このような状況のため、人数は問わないと捉…